漢字熟語の読み方についての話です。
あなたは、次の漢字をどう読みますか。
「一段落」
「造詣」
「不文律」
「独壇場」
「続柄」
「出生率」
「大舞台」
「一家言」
「居丈高」
「東大卒業して銀行に就職、エリートとして出世街道まっしぐら」の人が間違えた熟語
不文律を「ふぶんりつ」と読む人に違和感を感じてネットで調べたことからこの話は始まります。
ネット上では、ほぼすべての人が「ふぶんりつ」が正しいと言っています。
「ふもんりつ」は間違いと断言するサイトがほとんどで驚きました。
「不文律」で検索すると上位に表示されるブログ「元30代OLの独り言」が目に入りました。
「東大卒業して銀行に就職、エリートとして出世街道まっしぐらの方なのに…」
そのブログは、その人が「正しく発音出来なかった漢字も含め、良く間違って読まれる漢字」を挙げています。
それが冒頭に挙げた一連の漢字です。
「一段落」を「ひとだんらく」
「造詣が深い」を「ぞうしがふかい」
「不文律」を「ふもんりつ」
「独壇場」を「どたんば」
「続柄」を「ぞくがら」
「出生率」を「しゅっせいりつ」
「大舞台」を「だいぶたい」
「一家言」を「いっかごん」
「居丈高」を「いじょうだか」
彼女はこれらをすべて間違いだと断言しています。
果たして本当にそうなのでしょうか。
大舞台は「だいぶたい」でも良い
確かに、造詣は「ぞうけい」、独壇場は「どくだんじょう」、一家言は「いっかげん」、居丈高は「いだけだか」あるいは「いだけたか」と読まねばなりませんが、他の言葉は間違いと断ずるのはどうかと思います。
「一段落」を「ひとだんらく」 でもよいはずですし、
「続柄」を「ぞくがら」 と読むのも、間違いではありません。
「出生率」は「しゅっしょうりつ」ですが、「しゅっせいりつ」 と呼んでもよいことになっています。
「大舞台」を「だいぶたい」 と読むのも誤りではありません。間違いと断言しているサイトが多いのですが、それこそが間違いです。
NHK放送文化研究所のサイトでは、次のように記しています。
「ダイブタイ」でも、間違いではありませんが、NHKの放送では、「オーブタイ」と言うようにしています。
これが正しい見解だと思います。
「ふもんりつ」は間違いなのか
問題は「不文律」。
私も少年時代に「ふもんりつ」と覚えて今に至っています。
ネットでいくら調べても「ふもんりつ 」でもよいという記述は出て来ません。
こういう時は対義語(反対語)を考えてみるのも一案。
不文律の対義語は「成文律」で、「せいぶんりつ」ですね。
「せいもんりつ」とはよみません。
ということは、やはり正解は「ふぶんりつ」でしょうか。
パソコンでも「ふぶんりつ」と入力しないと変換出来ません。
漢音の熟語は漢音で読むというのが原則ですから、そちらサイドから検証してみましょう。
不(ふ)は呉音ですから、文も呉音で読めば「もん」です。つまり、不文は「ふもん」です。
しかし、律を「りつ」と読むのは漢音です。呉音であれば「りち」です。
不文律は、「ふもんりち」となります。
これが訛って「ふもんりつ 」となった可能性があります。
では、漢音で読んでみましょう。
不は、「ふう」または「ふつ」です。
文は「ぶん」です。
律は「りつ」。
であれば不文律は、「ふうぶんりつ」あるいは「ふつぶんりつ」です。
「ふぶんりつ」は「ふうぶんりつ」が縮まったものとも解釈出来ます。
因みに成文律を呉音で読むと、「じょうもんりち」です。
呉音、漢音、唐音による混乱
日本語といのは漢字の読み方がいろいろあり、しかも時代とともに変化するため実に厄介です。
日本語はこのようなことに注ぐエネルギーが膨大過ぎます。
私は長い編集者生活の中で、そのエネルギーをもっと他のことに注いだほうが良いのではないかと何度思ったか分かりません。
それはともかく漢字はいつの時代に中国から入って来た言葉かどうかで、漢音、呉音、唐音と呼ばれる読み方があります。
たとえば六は、通常は「ろく」ですよね。
しかし、「りく」という読み方があります。
「ろく」は呉音、「りく」は漢音です。
中国の代表的な兵法書で、武経七書の一つである『六韜』は、「りくとう」と読みます。
東京駒込にある六義園は、「りくぎえん」です。
ところが六趣輪廻とか六道輪廻とかの仏教用語は、以前は「りくしゅりんね」、「りくどうりんね」と読んでいたのが、今は「ろくしゅ」「ろくどう」と読む人が多くなりました。
漢音、呉音の統一という原則から見ると、六道輪廻は「ろくどうりんね」が呉音です。
漢音だと「りくどうりんかい」となります。
「文言」をあなたは何と読む?
文言をあなたは何と読みますか。
「ぶんげん」は漢音です。
「もんごん」は呉音。
呉音は5~6世紀に日本に伝わった読み方であり、仏教は6世紀半ばに伝来したため、「ご利益(りやく)」のように仏教用語には呉音が多いようです。
場所的には上海の辺りから渡って来た言葉です。
日本語の一二三四…という数字の発音は今でも上海の言葉の音に近いですよね。
北京語はイーアルサンスーですが、上海語では確かにイーニーサンシーだったと記憶しています(何十年も前の記憶なので、間違っていたら御免なさい)。
7~8世紀に遣唐使や留学僧が持ち帰ったのが漢音です。唐の都は長安(現在の西安)であり、その地域の発音に基づいています。
唐音は、鎌倉時代以降に中国から入ってきた音で、宋以降の字音です。そのため宋音と言った時代もあるようです。
もうお分かりかと思いますが、呉音、漢音、唐音という表現の呉、漢、唐は、王朝名を表すものではありません。
その時々の日本における中国の呼称に由来します。
というか正確に述べると、中国という国の概念はかつては存在しませんでした。
王朝は存在しましたが、国家という概念はなかったのです。
ですから、呉や漢や唐が今で言うところの中国の呼称だったわけです。
唐音が登場しませんでしたので、唐音についても触れておきます。
唐音の代表は、行火(あんか)や行脚(あんぎゃ)行灯(あんどん)などです。
行を「あん」と読見ます。
「ひん」とも読み、禅宗の経行は、「きんひん」と読みます。
坐禅合間に行う歩行禅のことです。
しかし、経を「きん」と読むは、呉音漢音唐音いずれでもなく、慣用音と呼ばれるもので、
漢字の字音のうち、呉音・漢音・唐音のどれでもないが通用しているもの。百姓読みなど間違って定着したものや発音しやすく言い換えられたものなど。また、中国から伝わった伝統的な音であるが反切から求めた呉音・漢音に合わないものは、慣用音とされることがある。
出典:Wikitionary
慣用音の代表は、石(こく)、茶(ちゃ)だそうです。
実にややこしいですね。
結論
不文律は「ふもんりつ 」でも良い、が私の見解です。
しかし、国語審議会かなんか知りませんが、国が決めた現在の正しい読み方は「ふぶんりつ」でしょう。
ですから、学生の試験や漢字検定では「ふぶんりつ」が正解となりますから、「ふぶんりつ」と覚えましょう。