1951年(昭和26年)12月13日生まれ。
日本の小説家。血液型はA型。日本ペンクラブ元会長。
陸上自衛隊に入隊、除隊後はアパレル業界など様々な職につきながら投稿生活を続け、1991年、『とられてたまるか!』でデビュー。悪漢小説作品を経て、『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、『鉄道員』で直木賞を受賞。時代小説の他に『蒼穹の昴』、『中原の虹』などの清朝末期の歴史小説も含め、映画化、テレビ化された作品も多い。
2011年 – 2017年日本ペンクラブ会長。2013年現在、直木賞、柴田錬三郎賞、山本周五郎賞選考委員。(Wikipediaより)
降霊会の夜
主人公は、団塊の世代の、初老の男だ。
戦後に子ども時代を過ごし、高度成長期に青春を迎え、いくつかの恋も別れも経験した。
仕事をリタイヤし、今は森の中で静かに暮らしている。
男は、よく同じ夢を見る。毎回同じ女に導かれて、過去を眺める。
昔の思い出に痛みを感じ、夢の中でうずくまると、女は決まって言うのだ。
「罪がない、とおっしゃるのですか」「何をいまさら。忘れていたくせに」と…。
ある激しい雷雨の夜、男の家の敷地内に、一人の女が迷い込んできた。
危険なので家に呼び入れると、夢の女にそっくりだった。
女は、お礼にと、近くに住むミセス・ジョーンズの降霊会に男を誘う。
誰の霊が来るか分からない。
ミセス・ジョーンズは、「会いたい人なら、生きていても死んでいてもかまいません」という。
時には生き霊も来るらしい。
男は信じているわけでもないが、気になる人もいる。もしかしたら、彼女の霊が来るかもしれない。
しかし、実際に現れたのは、子供の頃に封印したはずの事件に係わる人物だった。
それからも、何人もの、男に思いを残している人の霊が現れる。
忘れていた過去が甦る。
幼すぎて、言えなかったこと。助けてやれなかったこと。
知らないふりをしてしまったこと。プライドが邪魔をして素直になれなかったこと。
本当のことは語られないままに、時間だけが過ぎてしまっていたけれど、霊は何年も何十年も、その時、その場所から離れられないでいた。
それは、忘れたふりをして生きてきた男も、同じなのかもしれない。
もしも霊が呼び寄せられるのならば、もう一度会いたい人、聞いてみたいことのある人がいるのではないだろうか。
生きていても別れた人、死によって永遠に引き裂かれたと思う人も、心を残していれば、魂は留まっている。
過去の「誰か」を思い出して、切なくなる。
あやし うらめし あなかなし
愛する人が死んだとき、人は、たとえ幽霊でも会いたいと思うだろうか。
それとも、愛する人であっても、幽霊は恐ろしいものだろうか…。
恋人の親に交際を反対され、別れを決意した男。それを知って、自殺してしまった恋人。
ある時、男の元へ、恋人の骨が届けられる。骨が愛の言葉をささやく。男も応える。それは幻聴か?
赤い帯揚で互いの手を結わえ、心中を図った若い男女。女だけが生き残ったが、死んだ者として扱われ、苦しみ抜いた挙げ句に息を引き取った。
なぜか周りに出没する「羽振りが良いころのもう一人の自分」。
戦争に行った男が60年ぶりに帰ってきたのは、六本木の工事現場。そこで待つ老婆は?
狐に憑かれた美しい少女。
この世に思いが強く残ると、幽霊になるともいう。古くから日本には数多くの怪談があり、日本人は何となく霊の存在を受け入れているところがあるのかもしれない。
この作品は小説でありながら、こんなこともあるかも、と一瞬思わせてしまうような不思議な世界を作り出している。
おどろおどろしい幽霊ではなく、優霊。人の心の奥に潜む、悲しさや忘れられない思い、生きているものとあの世のものとの交流が描かれている。
日本の情緒的かつ神秘的な世界観を持つ、さまざまな場面を切なくもおもしろく読ませる短編集だ。
月下の恋人
「地下鉄に乗って」のように、若い頃の両親に出会ってしまったり、未来の自分に出会ってしまう不思議な話や、義理の父と娘のちょっとほろりとする話…。
淡々とつづられる、ふっと心を揺さぶられる短編が十一編収められている。
「僕」の隣の部屋に住む、馬鹿で間抜けで、でも憎めないやくざを描いた『風蕭蕭』の人物描写もおもしろい。
表題作の『月下の恋人』では、心中しようと海へむかった恋人たちが、波間に浮かんで消えた二つの頭を見る。
忘れたいけれど忘れられない、『忘れじの宿』も切ない。
マンチュリアン・リポート
昭和3年6月4日未明。張作霖を乗せた列車が日本の関東軍によって爆破された。
剛胆にして繊細。優しくて非情。
流民の子から馬族の長にのしあがり、ついには中国全土をも手に入れかけた稀代の英雄・張作霖。
一国の事実上の元首を独断で暗殺する暴挙に、昭和天皇は激怒した。
真実を知りたいと熱望した天皇は一人の男を呼んだ。と呼ばれた天皇を、人間と断じ、不敬罪に問われていた若い軍人だった。
男は密使として満州に飛んだ。満州から届く、満州報告書。そこから伺える『事件の真相』とは?
もちろん、歴史的な広く知られた事実はそのままなのだが、そこに加えられた作者の想像力が、新たな歴史を作り出している。