1968年9月14日 生まれ )
日本の小説家。長崎市出身。長崎県立長崎南高等学校、法政大学経営学部卒業。大学卒業後、スイミングスクールのインストラクターのアルバイトなどを経験。1997年、「最後の息子」で、第84回文學界新人賞を受賞し、小説家デビュー。同作で、第117回芥川龍之介賞候補。2002年、『パレード』で、第15回山本周五郎賞を受賞。同年には「パーク・ライフ」で、第127回芥川龍之介賞を受賞。純文学と大衆小説の文学賞を合わせて受賞したことで話題になった。若者の都市生活を描いた作品が多かったが、殺人事件を題材にした長編『悪人』で2007年に第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞を受賞。2010年、『横道世之介』で第23回柴田錬三郎賞を受賞。2016年、芥川龍之介賞の選考委員に就任。(Wikipediaより)
悪人
近頃みょうに多い、お涙ちょうだいの作品とは一線を画する。
犯人捜しの安っぽいサスペンスでもない。悪人にも言い分があるんだとか、そういう単純な話でもない。
全編を貫くのは、あえて感情を排除した、淡々とした事実の積み重ねだ。
そこには、読者にこう思って欲しいという押しつけがましさがいっさいない。
九州の田舎町で、保険外交員の若い女が殺された。犯人はすぐに手配された。
交際していたと思われる大学生だ。
だが、被害者は出会い系サイトで知り合った複数の男と交流を持っており、売春まがいのことまでしていた。
逃亡していた大学生も捕まえてみると、犯人ではないことが明らかだった。
実際に誰もがそうであるように、登場人物たちは多彩な顔を持っている。
そこそこまじめな保険外交員だった被害者にしても、別の面では出会い系に走り金銭まで要求するような女だが、また別の面ではウブな少女のように、人気者の大学生に恋をしていた。
殺す気など無かったのに、流れに飲み込まれるように殺人犯になってしまった青年も、まじめだが無口なつまらない男にもみえ、出会い系で知り合った女を追い回す、得体の知れない男にも見える。
そんな犯人が主人公なのだが、彼の祖母や彼を捨てていった母、やはり出会い系で知り合った女性とのやりとりが語られるうちに、実はとても魅力的な男だったのだと引き込まれる。
殺人犯だから「悪人」なのではない。いったい誰が「悪人」なのかという、著者の問いかけだろう。
ボリュームがあるのに読み始めたらやめられない。文句なく吉田修一の最高傑作だろう。
静かな爆弾
昨年は『悪人』で大佛次郎賞と毎日出版文化賞をダブル受賞した吉田修一。
それまでの作風とは変わった傑作だったが、今回はそれ以前の、『東京湾景』などの柔らかな恋愛小説の流れだろうか。
そちらのほうが、吉田修一らしいのだと言う読者も多いだろうが。
テレビ局でドキュメンタリー番組を制作している俊平は、ある日、耳の不自由な響子と知り合う。
それまでにも何度か恋愛したが、些細なことで喧嘩別れしてきた俊平。
だが、耳の聞こえない響子が相手だと、最小限の言葉で筆談しなければならないためか、喧嘩をすることもない。
二人の間を静かに時間が流れてゆく。
しかし、突然響子が姿を消して…。
仕事に夢中だが恋にも落ちてゆく、男の心情を丁寧に綴っている。
太陽は動かない
『悪人』の吉田修一をイメージして読むと、あれ? と意外に感じるかも。
スパイ映画を観ているような、ハラハラ、ドキドキのアクション小説なのだ。突然起こる射殺事件。新油田開発利権争いのためか?
AN通信の鷹野一彦は、部下の田岡と共に、その背後関係を探っていた。
AN通信は表向きは小さな通信社だが、実は産業スパイで、いち早く機密情報を手に入れて高値で売り飛ばすのを生業としていた。
人殺しも辞さない韓国人スパイ、デイビッド・キムと、謎の美女AYAKOらも、情報を求めて暗躍している。
この世で最も価値があるのは情報なのだ。中国のサッカースタジアムでの爆破計画。
拉致される田岡。事件は太陽光発電が絡んだ、巨大な隠謀へと発展してゆく…。
怒り(上・下)
殺人現場には、なぜか「怒」の血文字が残されていた。
犯人は夫妻を惨殺した後、6時間も現場にとどまり、そのほとんどを全裸で過ごしていたらしい。
それらは、実際に起こった、ある一家殺人事件を思い出させる。
本作では、犯人・山神一也は1年後も逃亡を続けている。
整形し、姿を変えて、時には沖縄の離島に姿を隠している犯人は、やはり実際に起こったイギリス人女性殺人事件を思い起こさせる。
殺人事件から1年後の夏。房総の漁港で暮らす洋平・愛子親子の前に、田代という男が現われる。
大手企業に勤める優馬は実はゲイで、新宿のサウナで直人と出会った。
母親と、同級生の父親との不倫がきっかけで、沖縄の離島へと引っ越した女子高生・泉は、田中と知り合う。
経歴がはっきりしない3人の男たち。彼らは、別の男なのか? それとも同一人物なのだろうか?
殺人現場に残された「怒」の血文字には、どんな意味があるのだろうか?
テレビで犯人の情報を求めていると呼びかければ、驚くほどの電話が、警察にかかってくる。
しかし、そのほとんどが事件とは関係のない情報だ。ほとんど関係ないけれど、もしかしたら、すぐそばにいる男が犯人なのかもしれない。
そんな危うさを、私たちは常に抱えているのだろう。
読み進むほどに謎の深まるサスペンスでありながら、何人もの人生と葛藤する心のひだを描く、ヒューマン・ストーリーになっている。